「在宅医療ならでは」の問題を直視することの重要性
日本における超高齢化が進み、国民にかかる医療費や福祉負担増加の流れの中で、医療の現場は病院から在宅(一般家庭)へと広がっています。昭和40年代まで家庭で医療を受けることはごく日常的なことでした。しかしそれ以降、医療は病院という空間の中に閉じ込められて来たため、身近に医療を感じる機会は減ってきました。しかし高齢化社会に移行する中で厚生労働省が在宅医療の推進を明示するなど、家庭での医療は再び世の中の注目され、定着しつつあります。
在宅医療を受ける患者さんが、自宅という日常生活の場で医療行為が可能になるほどに医療機器や環境は整備されてきています。しかしその一方で、医療従事者の目が届きにくくなる、個々の患者さんの状況や環境によってそれぞれ対応方法が異なるなど、さまざまな課題が存在します。治療環境が医療施設から家庭に移ることで、患者さんは日常環境における安心感をもって治療を受けられる反面、次のような在宅医療ならではの不安に直面するという、複雑な実情にさらされています。
快適に落ち着いて日々を過ごすことができるような工夫の必要性。
● 患者さん自身、ご家族が医療機器や処置を行う際の取り扱いを
わかりやすく理解するための情報提供の必要性。
● 医療機器や薬剤を安全かつ衛生的に家庭へと運び、さらに生活に大きな
支障をきたさないように自宅内に配置する工夫の必要性。
● 自宅での消毒や感染予防を的確に実施するともに、家庭で出る
医療廃棄物を安全に処理する工夫の必要性。
具体的な症例を通して課題解決を考える
今回の課題では、数ある疾患の中でも下記の状況における患者さんやご家族が、より安全で快適な在宅医療を送るためのアイデアや既存製品での使い方の工夫を募集しています。
医療機器・用具は、実際に使用されてどこがどう問題かをフィードバックされることにより、医療従事者がより使いやすく患者さんの治療に役立ちます。そのため、ここで重要となるのは、治療する側・治療を受ける側の双方の視点から考えることです。もちろん一方の問題を解決するだけでも大きな進歩につながりますが、医療従事者と患者さん・ご家族が相互に連携しあって解決を目指すことで、より快適で安全な在宅医療環境が作られると期待できます。
慢性透析療法を受けている患者数は毎年8000人から1万人規模で増加しています。腎機能の低下によって蓄積する余分な老廃物や水分を人工的に除去するのが人工透析で、血液透析と腹膜透析の2つの方法があります。
血液透析と腹膜透析にはそれぞれ特徴があり、各患者さんに最適な治療として専門医によって処方されていますが、特に腹膜透析は在宅や通常の社会生活にて可能な治療方法として確立しています。
血液透析は透析機器で血液から不要な水分や老廃物等を除去させる方法ですが、その多くは医療施設に週2〜3回通院し、1回につき平均4時間と、患者さんはかなり日常生活を拘束されてしまいます。
腹膜透析は、腹部に腹膜透析液を入れ、腹膜を介して余分な水分や老廃物を除去する療法です。腹部に埋め込まれたチューブを使用して透析液の出し入れを行い、透析液の入ったバッグを1日に4~5回程度交換します。腹膜透析のほとんどが在宅で行うことが出来、血液透析より拘束時間は短くなります。
しかし、実際には、衛生管理の徹底された場所でのバッグ交換や、下記のようなさまざまな道具を使い煩雑な手間がかかるなど、決して簡単なものでありません。毎日繰り返される作業を安全に効率よく行うためには、現場で試行錯誤されながらも実践されている工夫が必要とされ、その工夫こそがより快適で安全な医療環境を作り出します。在宅で実際に人工透析をしている医療従事者・患者さんとそのご家族から実践されているアイデアを広く募集します。
人間は生命・健康維持のために食事をし、胃腸などの消化管で食物ならびに栄養素の消化吸収を行っています。しかし、高齢化による嚥下障害(食べ物が飲み込みにくくなる)やその他何らかの理由で、口から食べ物を摂取することが難しい場合は、経管(経腸)栄養という方法で流動食を摂取し、消化管機能が衰退しないようにすることが必要です。
経管栄養にはいくつかの方法があります。鼻から管を胃や腸に栄養剤を送り込む経鼻胃管栄養法、お腹に栄養剤を入れるための小さな口を手術で作る胃ろう、その他経腸栄養などがあります。
経鼻胃管栄養法では、鼻に管が入ったままの状態が不快で患者さんが管を抜いてしまったり、食物が肺に入りこんで感染症の原因となる誤嚥性肺炎を招いたりを問題がしばしば起こります。そのため最近では、胃ろう(PEG:経皮内視鏡的胃ろう造設術)を行う方法をとる場合が多くなっています。
いずれにせよ、食事を毎日定期的に摂取することは必要不可欠となり、さらにその一連の作業を衛生的に行うことも重要です。ここでは、食事を提供し経管の衛生を保つ医療従事者の工夫が最も必要とされます。
術後の痛みやガンを原因とする疼痛は、患者さんにとっては非常に大きな苦痛となります。しかもそれは一過性のものではなく一定期間継続する痛みです。特に精神的にもダメージを受けているガン患者にとっては、継続した痛みのコントロールは最も必要とされているケアです。患者さんとコミュニケーションを取りながら痛む段階に応じたきめ細やかな対応が求められます。
痛みそのものを取り除くことが難しくても、患者さんの苦しみに寄り添い、少しでも和らげようとする働きかけはご家族をはじめ周囲のあらゆる方が日々工夫なされていることでしょう。
患者さんの痛みの種類や程度を把握すること、それを和らげるアプローチをあらゆる側面から考えること。痛みの管理ではまさに人の感じ方に向き合う力と工夫が求められます。
募集内容
このように、患者さんとそのご家族は日々の生活の中でさまざまな悩みに直面しています。
この課題でのポイントは、在宅で毎日行われる施術が安全で快適に行われるために、施術する側・される側双方の視点から課題を直視して解決策を考えていくことです。それによって、相互理解と治療の円滑化が期待でき、結果として患者さんの笑顔とQOL(Quality Of Life 生活の質)の維持向上につながります。ぜひ下記の状況における工夫をご応募いただき、多くの笑顔を呼ぶ在宅医療を広げてください。
●人工透析(血液透析や腹膜透析)を受けている
●経管栄養(経鼻胃管栄養法)を行っている
●痛みの管理(手術後もしくはガン性疼痛管理)を行っている