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みんなが「空を見上げる人」になりました。
〜 ハナムラチカヒロ氏 特別インタビュー 〜


病院がアートを取り入れることで、患者さんやご家族、医師や看護師など医療に携わるみなさんが、それぞれの立場や職業を超えてコミュニケーションを深めることができます。
2010年3月、そのようなアートの作用をみごとに証明する壮大な作品が生まれました。タイトルは「霧はれて光きたる春」。大阪市立大学医学部附属病院の50メートルもある吹き抜け空間に生まれたインスタレーション(注)です。
みんなが「空を見上げる人」になりました。

―――「霧はれて光きたる春」は、どんなコンセプトだったのでしょうか。

大阪市立大学医学部附属病院は、5階までが外来で、6階から18階までは入院病棟になっています。全部でおよそ1000人の患者さんが入院できる病院ですが、その全ての人が共有出来る大きく圧倒的な風景を生み出すというのがコンセプトです。
立場や年齢や役割とは関係なく全員が不思議な風景を目撃し、共有することで、病院の人々の間でコミュニケーションを生み出せないかと考えました。

―――圧倒的な風景がコミュニケーションをつくることにつながるのはどうしてですか。

作品をつくるにあたって院内をフィールドワークするために、白衣を身につけ医者に扮して病棟をまわってみたことで気づいた事があります。それは僕自身が役者活動をする中で感じていることでもありますが、お医者さんの格好していると患者さんの前では医者として振る舞わないといけないという意識になるということです。
それはきっと本当のお医者さんも同じで、白衣を着ている時はお医者さんはお医者さんらしく、看護師さんは看護師さんらしくしていないといけない。これは患者さんにもあてはまります。つまり「病気の私ははしゃいだり楽しんだりしてはいけない」という“患者という役割”にさせられてしまっているのではないかと感じたのです。
人は与えられた役割や置かれている立場に自分をあわせながらうまく社会で生きていきます。それは病院のような生死に関わる施設だとより強く作用し、治療という目的に向かって役割を演じて進んでいくことは必要なことだと思います。しかし孤独でつらい入院生活で誰かとより深いコミュニケーションが交わされる瞬間というのは、そうした役割の仮面を脱ぎ捨てその人の個人性が見えたときではないかと考えています。
そのためには、患者やお医者さんという立場を超えた一個人として心を奪われるような圧倒的な風景が必要でした。これまで誰も気づきませんでしたが、唯一あの50mの吹き抜け空間が病院全体を視覚的につないでいる空間でした。だからそこに圧倒的な出来事を起こせば全ての人が役割や立場を超えてつながれるのではないかと考えて作品を作ったのです。

―――疲れた顔のお医者さんや看護師さんも、思わずにっこりほほえんだと聞きました。

1日たった30分の出来事として4日間行ないましたが、毎日大勢の人がずらっとガラス窓に張りついて、みんなが同じ顔をして空を見上げていました。みんなガラス窓に鼻をくっつけるぐらい近くに行こうと見ていたので、鼻の跡がガラスにたくさん残っているくらいなんですよ。
患者さんに向けて行ったプロジェクトでしたが、患者さんだけでなくお医者さんとか看護師さんなど、本来アートを享受する立場じゃない人たちもいっしょになって喜んでいるという風景を生み出せたことが、手応えとしてすごくありました。そういう姿を患者さんが見ることってとても意味があるような気がしています。
自分が心を奪われている風景を、隣に居るお医者さん、看護師さん、子供たちが同じように心を奪われている。そんな姿を見た時に、もっと深いところでその人を理解出来るような気がします。

―――ふわっとした霧と、光るシャボン玉は、どのように生まれたのですか。

霧は吹き抜け空間の、最も下の6階に霧発生装置4台。屋上にシャボン玉連続発生機を4台置きました。まず、下から霧を上げ、ある程度溜まったらファンであおって霧のかたまりを上へ送って行く。下から光も上げてかたまりとしての霧を全体から見渡せるようにしました。霧もシャボン玉も自然現象のように見せたかったので、できるだけ装置が見えないように工夫しました。あくまでも霧が勝手にやってきて、シャボン玉が勝手にやってきた、というような演出効果を狙いました。



霧が下からもくもく上がってくるのは、怖い状況だと思うんですね。火事の時とか、あるいは大地が怒っているようにも見える。逆にシャボン玉はとても静かでのどかな印象を持っている素材。天から静かに光が降りてくる風景。そうしたネガティブな自然現象とポジティブな自然現象の両方がストーリーに必要だと思いました。闘病生活の不安とその病に打ち克った後の希望というか、未来を表現したかったのです。だからガラス張りの吹き抜けの中を最初に霧で充填して、先が見通せなくなる風景を作ることで不安や病を表現しました。そして、だんだん晴れて来る霧の中にキラッと光るものが空からやってきて、次第にその光に囲まれる。そんな風景をつくりたいと思ったのです。

―――同時に館内放送で流れた音楽も、ハナムラさんがプロデュースされたのですね。

はい、とても苦労しました。全部で6パートあるのですが、クライマックスではオルゴールの音を使った三拍子の音楽として仕上げました。実は実施の2日前にそれまで作っていた音源の全編を変えたんですよ。ボランティアコーディネーターや看護師長さん達に、「音楽のリズムが患者さんの心臓の動悸に合ってドキドキしてしまう恐れがある」という、美術館などでは普通考えられないようなリクエストが次々出てくるんです。僕も想定していなかったことがいっぱい起こります。
でもそこでそうした意見を突き放してアーティストの美意識のために意思を通すことって、こうした社会の中で何かをする上ではほとんど無意味だと思うんですよね。だから次々と来るリクエストを全て受けて、なおかつそれを乗り越えられる感動的なものをつくらないと成功したとは言えないと思ったんですね。結果として音楽は変えてよかったです。最終的に作品としてもいいものができました。

―――アートが医療現場に定着する未来について、どんなイメージをお持ちでしょうか。

医療現場だけではなく、生活のどんな局面にも芸術は必要だと思います。芸術は困った時に何かの役に立つわけではありませんが、人の心に働きかけるものなのだと個人的には考えているからです。特に病院というのは健康ではない状態になった時に行く場所ですから、普段よりも心に不安を抱かえやすい場所だと思うのです。そんな場所だからこそ美術館以上に芸術の力が必要なのだと思います。 しかし50年後の病院において、僕が今回したような事が取り立ててアートや芸術などと呼ばれずに、もっと自然に医療行為の一環だというような社会になれば良いと考えています。
こうした活動が積み重なり、病院という施設が身体のケアだけではなく精神的にも健康になれるようなきっかけを持ち、最終的に医療とアートとの境界線が消えた時に、アートと呼ばれていたものはその役割を終えて「文化」になっているのだと思います。
それは病院だけではなく、きっと社会の様々な局面で言える事でしょう。

―――ハナムラさんのように、デザイナーの方々も医療のステージで活躍していただきたいと願わずにはいられません。
今回のアワードへのエールとも受け取れる貴重なお話をありがとうございました。

(注)インスタレーションとは

室内や屋外などのある特定の空間を何らかの要素で構成し変化させることによって、場所や空間全体を作品として鑑賞者に体験させる現代美術での手法のひとつ。空間を構成し変化させる要素には、装置やオブジェなどの物体から、映像、音楽まで様々な種類がある。

作者紹介

ハナムラチカヒロ(花村周寛)
【略歴】
ランドスケープデザイナー/アーティスト/役者/研究者。
1976年大阪生まれ。ソウル生まれの母と京都生まれの父の間に生まれる。
「風景のデザイン」をテーマに建築やオープンスペースなどの空間デザインや現象のデザインを行う。一方で「風景へのまなざし」をデザインする観点から、コミュニケーションを生み出すプロダクトのデザインや、病院などのパブリックスペースでインスタレーションなども行う。
また「風景になる」という観点から、映画や演劇などにおいて俳優もつとめながら、街中で非日常風景を探る状況的パフォーマンスも展開している。
その領域横断的な表現活動の拠点として2008年から緑橋(大阪東成区)にある古い活版印刷工場をセルフリノベーションし続ける自身のアトリエ“♭”を構え、そこを中心にアートやデザインや映画など領域を超えた様々な表現者の交流と創造の拠点のプロデュースも行っている。
大阪府立大学21世紀科学研究機構准教授。大阪大学工学研究科建築学科非常勤講師。大阪市立 大学文学部非常勤講師。船場アートカフェディレクター。極東EX主宰。

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作品紹介

【霧はれて光きたる春】
ハナムラ氏が継続的に関わってきた「大阪市立大学医学部附属病院アートプロジェクト」の作品のひとつ。2010年3月8日~12日、16時30分~17時の30分間、大阪市立大学医学部附属病院の6階から18階までの全病棟を貫いている吹き抜け空間を利用し、ハナムラ氏と病院職員との協働で実施されたインスタレーションプログラム。
※2011.6.16 完成版映像を公開いたしました。

メディカル・デザイン・アワード事務局より

MDA事務局では、このようなハナムラさんのアート活動を実施したい施設や団体、企業を募集しています。ご興味ある方は、事務局までお問い合わせください

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